昨シーズン、選手復帰を果たした吉岡健太郎プロ。かなりのブランクを経て、活動を再開したストーリーとは。ご本人の全面協力により語られる内容には、多くの人に刺激と共感を与えてくれる話が満載だ。


Q
昨シーズン選手復帰されましたが、以前の選手を一度引退された理由はどんな感じだったのでしょうか?
まず1つはソチ五輪に出れそうで出れなかったところは1つあります。選考期間中のレースで2度、トップ16に入って五輪ウェアの採寸までしたんですけどね(笑)。僕より成績のない他国の選手たちが当たり前に五輪に参加していたので、「日本人じゃなきゃ出れたのになぁ」とかすごく当時は思いました。あとは今の奥さんを逃したら、これ以上の人は僕の前には現れないんだろうなとか思ったり、スノーボード熱を下げてしまう要因は他にもありましたが、「よし、やりきった。やめよう」っていきなり辞めました。
Q
選手引退後、これまでの期間は、どのような時間だったのでしょうか?
現役時代から思い描いていた「子どものこと」を仕事にしたいと思っていました。当時からよく斯波正樹と飲みながら語っていたのでイメージはできていました。
2015年5月にスノーボードをやめる決断をして、2015年の6月には札幌市役所に行き、2016年4月から小規模保育園の開園まで辿り着きました。スノーボーダーの名刺は役所では何の効力もなく、最初はかなり悔しい思いをしたのですが、慣れないスーツを着て通い詰めて最後は味方にした感じです。保育所開園が出来たことは、1人の社会人として勝負したいって思っていたのでなんか変な嬉しさはありました。そこから半年で保育園も満員になり、少しずつ軌道に乗っていきました。保育士の世界は、僕からすると衝撃ばかりで不自然で、保育の常識は世の中の非常識だなって本気で思いました。感性だけは抜群だと自負する僕ですが、所詮、無資格の素人。「よし、俺も資格取ったるわ」って決意し、2017年から3年間夜学に通って保育士と幼稚園教諭を取得しました。
2016年長男、2018年次男、2020年長女が誕生し、バタバタではありますが、3児のパパにならせてもらいました。2019年に通称マサとの出会いがあり、2020年にマサと認可保育所を共に立ち上げ、現在は小さな保育所を2つ経営させてもらっています。
スノーボードからは完全に離れた生活、運動はゴルフと子どもとのスキー。毎日晩酌し、食べる量はそのままだったため、99キロ・体脂肪も30%を越えました。
Q
今回、選手復帰を思ったきっかけ、その想いをお教えください。
保育園での会議中でした。「健さん、今までやっていたスノーボードを活かせばいいじゃん」「もったいない」とスタッフに言われました。「え、そんな風に思ってるの?」なんてきっかけをもらい、「よし、スキー保育をするか!」って思い付きで始めました。そこから自問自答がスタートし、僕にしかできないことをやるべきだとなり、「よし! 復帰だ! 全日本優勝だ!」ってなっていました。その時のスタッフの意図と合っているかは全く分かりませんが、予想の範囲内の活動は見ていて面白くないし、人生1回だし、やってみるか!って思いました。
その時の体重は99キロ。怪我するイメージしかありませんでした。やるからには若手の脅威にならなきゃ意味ないなって思ったので2022年4月から北海道スポーツ整体院の橘井さんとトレーニングをスタート。橘井さんはアルペンスキーの湯浅選手に何年も帯同していた実績があり、信頼の置けるトレーナーです。
最初は腹の肉が邪魔で腹筋も出来ない、ちょっと動いたら息切れ。復帰宣言したは良いものの、本気でやらなきゃ怪我して職場にも家族にも迷惑をかけることになる。最初の現役時代を知っているみんなからしたら、僕がここまで努力している姿は想像つかないだろうなってくらい自分ではやっているつもりです。家族には全日本選手権だけ出て優勝すると言っていましたが、トレーニングするうちに、試合勘も無くなってるし、1戦だけではもったいないかなとか思い、プロ戦も、北海道選手権も出ようってなりました。その時の嫁の表情は想像にお任せします(笑)。
Q
実際に選手復帰してみて感じたことなどをお教えください。
大会現場には当時、小中学生だった子たちや知らない子がたくさんいました。だけど、ありがたかったのは先輩たちがずっと現役を続けていて「おー、待ってたぞ、おかえり」の言葉でした。若い選手たちには嫌がられるだろうなと思いつつも、「DVD、今だに見てます」「一緒に滑るのが夢でした」とか、「意外と歓迎されてる?」って勘違いするほど気持ちのいい言葉をたくさんかけてもらい、この子達や、先輩たちのためにも暴れるか!って気持ちになりました。
若い子が思っていたより多く、業界として未来はあるし、面白いって思いました。そして1回業界から離れて思うことは、熱い先輩たちを絶対に大切にしなきゃって思いました。
これだけ長く選手として出来るスポーツは生涯スポーツと言っていい。スノーボードバブルを味わった選手たちがまだ選手やメーカー、そして親となり二世たちが選手として業界にいる。スノーボードってスタイリッシュだし、中毒性があるんでしょうね。
最初の現役時代の時は資金面、精神面を維持することだけで精一杯で、そんなに競技生活は楽しめていなかったと思います。どちらかというと今シーズンも始まっちゃったって、毎年心の中では受け身な自分がいました。今考えると、体も心も準備できないままシーズンに入っていたので私生活から全て力んでいました(笑)。
その時に比べると今の方が自分らしく競技に向き合えている印象です。昨シーズンは家族と離れ離れの遠征も、家族と共に挑んだ遠征もありました。会場に家族がいる中でレースをするって想像したこともありませんでしたが、本当に力をもらえました。いつものダメダメなパパを見る眼差しではなく、勝ち上がるにつれて憧れの眼差しに変わったことが僕にとっては印象的でした。子どもの前で優勝する姿も、負ける姿もたぶんどちらも子どもの心には突き刺さっていると思います。体が動くうちは口じゃなくて、背中で語ってやりますよ。
Q
今後やろうと思っていることをお教えください。
業界に戻って早速ではありますが、2024年2月に北海道長沼町でPSA公認レースを2戦やります。「なぜ? 長沼?」と思う方もいらっしゃると思いますが、子どものために教育移住したんです。長沼在住のスノーボーダーと言えばクロスの桃野慎也。ということで共に大会を創り上げていきます。
ここに行きついた理由は、昨年、祥子が登別でプロ戦を開催したのですが、血が通っていましてね。熱い気持ちになりました。毎年やればいいのにって思うくらい良い大会だったのですが、祥子も先生になり、母になり、連続ではやれないということで、そのバトンを勝手に受け取り、桃野慎也を巻き込みました。
僕たちは今後、北長沼スキー場で練習環境も提供したいと考えています。プライベートチームとか、ガチガチの形ではなく、無理しない範囲で自分たちらしく。選手にとってのプラスアルファだったり、スノーボードや自分と向き合える場所、いい時間を作れたら、そんなこともやっていきます。
登別から長沼に変わりますが、長沼もいいところなので自信をもって来てもらえます! 新千歳空港から約30分の近さ、かけ流し温泉も、食も、人も魅力ある町です。目指す大会はスポーツと食、そして出来れば音楽まで?! そんなテーマで企画しています。目指すは賞金総額160万円のレースです。出来るかは未知ですが、そんな挑戦も楽しんでみていただければ嬉しいです。
Q
最後に、思っていることなどあればお教えください。
今季に向けては夏からエクスリミット琴似で低酸素トレーニングを始めました。イメージとしてはドラゴンボールの精神と時の部屋です。僕はそこでは主に有酸素をやっています。まとまった時間がない方には本当におすすめですし、効果感じるまで早いです!
またトレーニングで僕はランニングを取り入れています。毎月100キロ目標を掲げ、多い時は150kmほど走っています。最初は5キロ走ることも辛くて辛くて自分の中では血を吐くような練習でしたが、日に日に距離も伸び、速度も上がり、今では快感となることが多いです。何が良いって、走った後の小さな達成感を日々、自分で作っていけるということ。その達成感は1か月で見ると自信や満足感、またやるぞっていう意識に繋がっていきます。だから僕は続けています。
ただ走るのではなく、フォームや心拍数、補給のタイミングなんかを考え始めた自分に気付き、2023年10月1日に初めてフルマラソンに出場してきました。練習では25キロまでしか走ったことがなく、30キロも知らない自分だったのですが、今回は後輩もいたし、他にも何百人というランナーがいて、アドレナリンが出ちゃいました。そして目標のサブ4達成。疲労感より達成感が強くて最高でした! 知らない世界に飛び込み、知らない土地に移住し、家族、スノーボードを通じて新しい発見、出会いの毎日です。人生1回! やらないで後悔するなら、やって後悔した方がよっぽどいい。これが僕の生き方です。
Profile
吉岡健太郎
1988.9.27生まれ、北海道上富良野町出身、長沼町在住。趣味はサウナ、キャンプ。
Sponcer_SG SNOWBOARDS、POC/HESTRA、BETONES、SOLDA WAX、MR.TUNE、富丘バオバブ保育園、富丘ニンニン保育
